12月13日(土)
初めての楽屋裏仕事。
座席でゆったり聴けないのは残念だけど、舞台袖から子供たちの真剣な姿を見られた。
それにしても観客が少ない。
いろんな意味で、余裕がなくなっているのだろうか。
2008年12月17日水曜日
2008年12月16日火曜日
「豚のいる教室」
11月30日(日)
珍しく娘が見たいと誘ってくれた映画。
いろいろ考えさせられた。
教師の力量、飼育に関する知識と経験、親や子供や教師集団の信頼関係、それらが ないとしんどい授業になる。学校や子供たちを引っ掻き回すだけで終ってしまう恐れもあるだろう。
昔、同僚の女の先生は、食事会のとき尾頭付きの魚を食べなかった。
魚の目が怖いし、かわいそうだから、切り身しか食べられないの、と。
彼女は美食家で、鶏でも牛でも豚でもよく食べた。
尾頭付きの魚だけでなく、どんな肉にも命があった事は確かなのに。
彼女の感じ方に違和感を覚えたものだ。
子供たちには魚を下すところをよく見せる。
鱗が飛び散るところ、頭を出刃で叩き落すところ、3枚に下して皮を剥ぐところ。
鯛のようにある程度大きくて血液が赤い魚は、結構つらい。
最初は残酷という顔で見ている子供たちも、そうした命を食らって私たちが生きていることを
実感してくれるのだと思う。子供たちには、せめて魚を自分の力で捌けるようになってもらいたい。
しかし、自分で解体できるのは魚まで。牛や豚はともかく、鶏でも捌いたことはない。
私が小学生の頃、家で鶏を8羽ほど飼っていて、母が何度か絞めたことがあった。
その現場は、私たちに見せないようにしていた。
私たち兄弟は今まで餌を与えていた鶏の1羽が殺されて、調理されて、私たちの胃袋に入るという
事実に戦きながら、食卓を囲んだ。美味しかった。
生活の中で命を感じることが少なくなっているという。
昔はお年寄りは家で亡くなる事が多かった。
新しい命も産婆さんの支えで家で生まれた。
今ではどちらも病院内で、事が運んでしまう。
食べ物も、命を感じさせない形で小奇麗にパックされて売られる。
ホームレスの人たちを襲撃して殺めてしまう子供たちが現れ 、一方でペットを人間のように扱う人たちが増え、そのニーズに答える業種が 繁盛している。
歪を感じる。
映画館を出てから、娘は豚を解体業者に送る事を選んだ、という。
なるほど、と頷きながら、私は彼女の答えをどうとらえたらよいのか、 まだ解らないでいる。
珍しく娘が見たいと誘ってくれた映画。
いろいろ考えさせられた。
教師の力量、飼育に関する知識と経験、親や子供や教師集団の信頼関係、それらが ないとしんどい授業になる。学校や子供たちを引っ掻き回すだけで終ってしまう恐れもあるだろう。
昔、同僚の女の先生は、食事会のとき尾頭付きの魚を食べなかった。
魚の目が怖いし、かわいそうだから、切り身しか食べられないの、と。
彼女は美食家で、鶏でも牛でも豚でもよく食べた。
尾頭付きの魚だけでなく、どんな肉にも命があった事は確かなのに。
彼女の感じ方に違和感を覚えたものだ。
子供たちには魚を下すところをよく見せる。
鱗が飛び散るところ、頭を出刃で叩き落すところ、3枚に下して皮を剥ぐところ。
鯛のようにある程度大きくて血液が赤い魚は、結構つらい。
最初は残酷という顔で見ている子供たちも、そうした命を食らって私たちが生きていることを
実感してくれるのだと思う。子供たちには、せめて魚を自分の力で捌けるようになってもらいたい。
しかし、自分で解体できるのは魚まで。牛や豚はともかく、鶏でも捌いたことはない。
私が小学生の頃、家で鶏を8羽ほど飼っていて、母が何度か絞めたことがあった。
その現場は、私たちに見せないようにしていた。
私たち兄弟は今まで餌を与えていた鶏の1羽が殺されて、調理されて、私たちの胃袋に入るという
事実に戦きながら、食卓を囲んだ。美味しかった。
生活の中で命を感じることが少なくなっているという。
昔はお年寄りは家で亡くなる事が多かった。
新しい命も産婆さんの支えで家で生まれた。
今ではどちらも病院内で、事が運んでしまう。
食べ物も、命を感じさせない形で小奇麗にパックされて売られる。
ホームレスの人たちを襲撃して殺めてしまう子供たちが現れ 、一方でペットを人間のように扱う人たちが増え、そのニーズに答える業種が 繁盛している。
歪を感じる。
映画館を出てから、娘は豚を解体業者に送る事を選んだ、という。
なるほど、と頷きながら、私は彼女の答えをどうとらえたらよいのか、 まだ解らないでいる。
2008年11月26日水曜日
「ぼくんち」 西原理恵子
11月5日
Aの貸してくれた本。
西原理恵子さんの「いけちゃんとぼく」を読んだのは1年前。あの1冊だけで心を鷲掴みにされて西原さんが大好きになった。
「ぼくんち」はこれもまた傑作。人間の強さと弱さ、喜びと悲しみ、愛と無関心、「善きもの」と「悪しきもの」の一筋縄では説明できないどろどろをこんな形で表現できるのか、と感嘆する。
どんな人生もいとおしい。歯の抜けた兄ちゃんの笑顔、最後に来た手紙。姉の底抜けの優しさ、弟の旅立ち。だれでも心に「ぼくんち」「わたしんち」があるから生きていけるのかもしれない。
Aの貸してくれた本。
西原理恵子さんの「いけちゃんとぼく」を読んだのは1年前。あの1冊だけで心を鷲掴みにされて西原さんが大好きになった。
「ぼくんち」はこれもまた傑作。人間の強さと弱さ、喜びと悲しみ、愛と無関心、「善きもの」と「悪しきもの」の一筋縄では説明できないどろどろをこんな形で表現できるのか、と感嘆する。
どんな人生もいとおしい。歯の抜けた兄ちゃんの笑顔、最後に来た手紙。姉の底抜けの優しさ、弟の旅立ち。だれでも心に「ぼくんち」「わたしんち」があるから生きていけるのかもしれない。
京都 大原 紅葉の美
11月14日(金)
日帰りでバス旅行。大原三千院、寂光院へ。
紅葉真盛り。お天気も最高、如何せん時間が足りない。
追い立てられ、駆け抜けるだけでじっと佇む余裕のない時間を旅とは言いたくない。
次回、母たちを連れてくる時はもっとゆっくりしたい。
土産物屋を見物の時間に組み込む必要は全くない。
日帰りでバス旅行。大原三千院、寂光院へ。
紅葉真盛り。お天気も最高、如何せん時間が足りない。
追い立てられ、駆け抜けるだけでじっと佇む余裕のない時間を旅とは言いたくない。
次回、母たちを連れてくる時はもっとゆっくりしたい。
土産物屋を見物の時間に組み込む必要は全くない。
日光東照宮~霧降高原の旅
11月1日~3日(土~月)
日光東照宮へ、家族5人+私の母で旅行。 年寄り二人を連れていくので、なるべく楽に移動できるよう、ジャンボタクシーを頼む。 紅葉真っ盛りのハイシーズンなので、日光市内のジャンボタクシーは予約がいっぱい。 宇都宮のタクシー会社に依頼して、宇都宮駅から観光しながら日光のホテルまで 行ってもらうことにする。これが大当たり。 タクシーの運転手さんは博識で、普通の観光なら行けないところや、歴史的に押さえて おきたいスポットをまわってくれた。母は日光杉並木を車で走れたことをとても喜んでくれた。 紅葉の霧降高原ドライブ、霧降の滝、大笹牧場、日光市内の千年松、憾満ケ淵、神橋。 おかげで、あれだけ盛りだくさんの観光をしたのに一同疲れも出さずにホテル着。 後でインターネットで調べてみたら、あのタクシー運転手さんはカリスマだったと判明。流石。
翌日は日光2社1寺めぐり。午前中にざっと見て、午後は他所へ行こうと思っていたが、なんのなんの。時間が足りない。家光公の大猷院と、二荒山神社、輪王寺を見学するだけで午前中は終了。お昼はホテル近くの四川料理を楽しみ、午後はお待たせ、東照宮へ。母と義母はとても元気で、なんと207段ある奥宮まで制覇してしまった。人が多くて、立ち止まりながらゆっくりゆっくり登ったので、最後までついてこられたのだろう。
最終日は 、初日にタクシーの運転手さんから教わった、「殉死の墓」を訪れてから田母沢御用邸記念公園へ。御用邸は広くて調度品襖絵なども見ごたえがあった。紅葉の美しい庭園を散策していたら防空壕を見つけた。こんな軍需産業のないところまで空襲のおそれがあったとは。
夫と母以外は初めて訪れる日光、紅葉の美に眼を奪われ、2社1寺の造詣美に浸り、日本に生まれ育ったことを心から感謝した旅だった。子供たちも満足した様子。
日光東照宮へ、家族5人+私の母で旅行。 年寄り二人を連れていくので、なるべく楽に移動できるよう、ジャンボタクシーを頼む。 紅葉真っ盛りのハイシーズンなので、日光市内のジャンボタクシーは予約がいっぱい。 宇都宮のタクシー会社に依頼して、宇都宮駅から観光しながら日光のホテルまで 行ってもらうことにする。これが大当たり。 タクシーの運転手さんは博識で、普通の観光なら行けないところや、歴史的に押さえて おきたいスポットをまわってくれた。母は日光杉並木を車で走れたことをとても喜んでくれた。 紅葉の霧降高原ドライブ、霧降の滝、大笹牧場、日光市内の千年松、憾満ケ淵、神橋。 おかげで、あれだけ盛りだくさんの観光をしたのに一同疲れも出さずにホテル着。 後でインターネットで調べてみたら、あのタクシー運転手さんはカリスマだったと判明。流石。
翌日は日光2社1寺めぐり。午前中にざっと見て、午後は他所へ行こうと思っていたが、なんのなんの。時間が足りない。家光公の大猷院と、二荒山神社、輪王寺を見学するだけで午前中は終了。お昼はホテル近くの四川料理を楽しみ、午後はお待たせ、東照宮へ。母と義母はとても元気で、なんと207段ある奥宮まで制覇してしまった。人が多くて、立ち止まりながらゆっくりゆっくり登ったので、最後までついてこられたのだろう。
最終日は 、初日にタクシーの運転手さんから教わった、「殉死の墓」を訪れてから田母沢御用邸記念公園へ。御用邸は広くて調度品襖絵なども見ごたえがあった。紅葉の美しい庭園を散策していたら防空壕を見つけた。こんな軍需産業のないところまで空襲のおそれがあったとは。
夫と母以外は初めて訪れる日光、紅葉の美に眼を奪われ、2社1寺の造詣美に浸り、日本に生まれ育ったことを心から感謝した旅だった。子供たちも満足した様子。
読み聞かせボランティア 2
10月31日(金)
今日も読み聞かせ。5年生のクラスと市民病院の院内学級へ入る。
病院では院内の授業に出てこられる、比較的元気な子たちが
読み聞かせの相手とはいえ、楽しい話を聞かせて病気のことを
一時でも忘れてもらいたいと思う。今日の「ぞろぞろ」はうってつけ。
元気に腹の底から笑って、病気なんか吹き飛ばしてほしい。
生徒数は少ないが、院内の先生と教頭先生も同席されたので、少々緊張した。
反省会で、お母さんたちの前でも読むことになる。
一番よく笑ってくれたのはお母さん方だった。
落語口調を真似て読もうとすると、どうしても体が演じてしまって、
紙芝居の紙の上から私の頭が左右に動くのがちらちら見えるらしい。
お話の邪魔になるだろうが、そうしないと落語の口調が出てこない。
やっぱり紙芝居の限界かな。
今日も読み聞かせ。5年生のクラスと市民病院の院内学級へ入る。
病院では院内の授業に出てこられる、比較的元気な子たちが
読み聞かせの相手とはいえ、楽しい話を聞かせて病気のことを
一時でも忘れてもらいたいと思う。今日の「ぞろぞろ」はうってつけ。
元気に腹の底から笑って、病気なんか吹き飛ばしてほしい。
生徒数は少ないが、院内の先生と教頭先生も同席されたので、少々緊張した。
反省会で、お母さんたちの前でも読むことになる。
一番よく笑ってくれたのはお母さん方だった。
落語口調を真似て読もうとすると、どうしても体が演じてしまって、
紙芝居の紙の上から私の頭が左右に動くのがちらちら見えるらしい。
お話の邪魔になるだろうが、そうしないと落語の口調が出てこない。
やっぱり紙芝居の限界かな。
読み聞かせボランティア
10月30日(木)
小学校2学期読み聞かせボランティアの日。
5年生に「落語紙芝居 ぞろぞろ」三遊亭圓窓師匠著 を読む。
喜んで聞いてくれるのがわかって、嬉しい。
以前、6年生のクラスを訪れた時より紙を送るタイミング、
口調のスピードなどを家でみっちり練習した。
自信をもって読めたのが良かったのかもしれない。
小学校2学期読み聞かせボランティアの日。
5年生に「落語紙芝居 ぞろぞろ」三遊亭圓窓師匠著 を読む。
喜んで聞いてくれるのがわかって、嬉しい。
以前、6年生のクラスを訪れた時より紙を送るタイミング、
口調のスピードなどを家でみっちり練習した。
自信をもって読めたのが良かったのかもしれない。
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